研究内容

中分子共有結合薬(bioTCI)の取得

注)「中分子共有結合薬(bioTCI)の取得」の以下の文章が、何を言っているのか分からない! という初学者(高校/大学初等クラス)の方は、「配属前学部生向け:瀧研ってどんな研究室?」に書いた簡単な解説記事をご覧ください。

Mission/Aim in brief:

バイオロジクス(biologics; components of living organisms)をベースとした targeted covalent inhibitors (bioTCIs)は高い反応特異性を持ち,少ない投与量で持続的な 薬効を示し,副作用のリスクを大いに低減し得るものと考えている.バイオロジクスの中でも, ペプチドや核酸のような中分子は,腎排泄および酵素分解による血中安定性の低さが問題とな るが,TCI 化によって共有結合を形成することで,薬物体内動態(PD)とは独立した長期的な 薬効を示すことが可能となると思われる.また,適切なセレクションにて得られ た天然構造を主骨格とする中分子型TCI が,標的タンパク質と共有結合を形成 した後に,酵素分解から逃れることも確認している.これらは,同中分子がTCI 化によって生体内での使用に耐え得ることを示唆しており,従来は不向きとされてきた同モダ リティの臨床応用への可能性を見据えた,基礎学術および技術展開を行いたい.大量の医薬品 が供給・消費され続ける現代社会から,より良い薬剤をより少なく供給・消費する社会への転 換を視野に入れて, 一石を投じる研究をしたい.

Our achievement

共有結合性阻害剤(Targeted Covalent Inhibitor; TCI)とは、標的生体分子に対して共有結合を形成して標的を半永久的に阻害する物質のことであり、TCI 関連論文数および特許数が近年急増している(Bethany, Chem. Eng. News, 28,2020)。我々は、抗体のように厳密な多点分子認識による標的阻害が可能であり、 かつ低分子阻害剤のように化学合成が容易な中分子TCI(bioTCI)に特化した研究開発を2013 年から行っており、特に、@ペプチド型TCIの網羅的探索(コンビナトリアル選択) および、ADNAアプタマーのTCI化と半永続的薬効の除去を、世界に先駆けて報告している(図)。

また、@およびAのどちらの分子形態 (モダリティー)においても、共有結合後の血清中安定性が向上していることを見出している。

@TCI:中分子共有結合阻害剤(bioTCI)のコンビナトリアル選択時に形成される特異的反応場

様々な生体分子が混在する環境下で、TCI が標的蛋白質だけに厳密に共有結合するためには、極力弱い求電子性の反応基(warhead)を、標的特異性を持つリガンドの特定位置に 組み込んで、生体直交性の高いTCI を作製する必要がある(Copeland,Methods Biochem. Anal., 340,2013)。つまり、warhead の持つ求電子性の微調整(Ojida, Bioorg. Med.Chem., 116386, 2021)がTCI の性能を左右する。これまでに報告されているwarhead の中でも、硫黄-フッ素交換(SuFEx)反応型のものは周辺環境依存的な反応性を示す ことが知られており(Sharpless, PNAS, 18808, 2019)、フッ化スルホニル基(R-SO2F)に対して標的蛋白質中のアミノ酸または水分子が複雑な水素結合等を形成することで初 めて、その反応が活性化される場合が多い。なかでも、アリールフルオロ硫酸エステル基(Aryl-OSO2F)は潜在性warhead とも呼ばれ、水中で一切の加水分解を受けないほど全く の不活性であるにもかかわらず、標的蛋白質の内側に形成されうる特異的反応場に適切な配向で結合した場合に限り反応活性となり、様々な求核性アミノ酸に対して共有結合するこ とが知られている(Sharpless, PNAS, 2019)。我々は、Aryl-OSO2F にペプチドライブラリーを付与して多様化させた後、これをモデル標的蛋白質(glutathione-S-transferase; GST)に作用させることで、GST に対する標的親和性と反応活性とを同時に有するペプチド型TCI を迅速選択することに成功している(図; Chem. Commun., 5378, 2021; hot and front cover article)。


bioTCIの血清中安定性:

我々がペプチド型TCI を作製するにあたり、標的と共有結合させることでペプチドの分子量を上げて腎排泄を抑制する着想は当初から持っていたが、実験の過程で意外にも、ペプ チドと標的とを共有結合させるだけで、プロテアーゼ分解から逃れ、安定性が向上することが分かった。具体的には、コンビナトリアル選択したペプチド型TCI を、標的であるGST 蛋白質と共有結合させた後、血清中にて37°Cで24 時間インキュベートしても同ペプチド型TCI は加水分解されなかった。

peptidic TCIのコンビナトリアル選択の歴史:

コンビナトリアルスクリーニング手法でペプチド型TCI を取得するにあたり、当初はライブラリーの構築中またはセレクション操作中のwarhead の反応性制御が困難であり, バイオロジクス間の非特異的な共有結合の形成を制御できなかった。そのため我々は、warhead を結合させたライブラリーから直接的にペプチド型TCI を取得することからい ったん離れ,間接的な手法を用いてペプチド型TCI の取得を行うことから着手した.具体的には,反応性を持たない幾つかの「おとり構造」をwarhead のかわりとして用いて ,それぞれの構造を含むペプチドライブラリーをT7 ファージ上に構築した.その後,モデル標的タンパク質であるグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)に対して選択を 行った後,共通して現れたペプチド配列中の「おとり構造」をwarhead に付け替えることでこれを達成した(図A)。ペプチド型TCI が,ライブラリーから直接的に取得された のはごく最近のことであり,2021 年にBogyo 先生らのグループ(図B),および我々のグループ(図C)により独立に発表がなされた.

ADNA-aptameric TCI:共有結合後の薬効の中和

ペプチド型TCI は低分子型TCI と比較して,高い反応特異性を有しており,TCI の抱える副作用のリスクを大いに低減するものと考えられるが、それでもなお,TCI の投与後に予 期せず副作用が起きた場合や薬効が強すぎた場合には、不可逆的な結合であるがゆえに薬効の中和は困難である。我々は、共有結合後に薬効の中和が可能である核酸アプタマー型の TCI 開発も併せて行ってきた。
核酸アプタマーとは一本鎖核酸オリゴマーから成る分子であり,複雑な高次構造を取ることで,高い標的結合能および特異性を示し得る.さらに,核 酸アプタマーに相補鎖を加えてヘリックス型の二本鎖を形成させることで複雑な高次構造を解消し,その薬効を中和することが可能である.我々はこの特性を利用することで,標的 タンパク質を共有結合的に阻害した後でも,相補鎖を加えることでその半永久的な薬効を中和できるのではないかと考えた.具体的には,核酸アプタマーに長鎖リンカーを介して warhead を導入することでtethered-TCI (TeTCI)型として,アプタマーの標的タンパク質阻害部位から離れたサイトに共有結合を形成させて標的を阻害し続ける一方で,任意の タイミングで相補鎖を加えることで解毒ができることも実証した(図)。なお前述した血清中安定性は、ペプチドよりも更に生体内での加水分解耐性が低い核酸型TCI においても 確認されている。具体的には、thrombin 蛋白質結合性のDNA 型TCI において、エキソおよびエンドヌクレアーゼを含む血清中でインキュベートした際に、共有結合後でのヌクレアーゼ耐性獲得が見られた(図のinset)。


B今後の研究の主な方向性:

・DNA-aptameric TCI の直接選択法の確立
・bioTCI の標的結合前の安定性向上
・標的蛋白質に形成される特異的反応場(matchmaking microenvironment)での反応機構解明
・bioTCI の全体的な分子構造(モダリティー)の拡張
など

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中分子biologics薬剤の体内安定性の向上:NEXT-A反応によるbiologics-Fc結合体作製

中分子biologics(例:ペプチド型または核酸型医薬品など)は、標的特異性が高い反面、生体内に入れた時に数時間以内で直ぐになくなってしまうことが玉にキズです。これらbiologicsと、「ヒト型抗体のFc領域」と呼ばれる分子量約7万の糖タンパク質とを結合することで、この問題が解決できると言われていましたが、Fcがあまりにも複雑な構造をしている高分子であるため、これらを効率良く1:1で結合させることは困難でした。我々は味の素鰍ニの共同研究で、前述したNEXT-A反応を応用して、FcのN末端と様々なbiologicsとをほぼ100%の変換効率で副反応なく共有結合できることを発見しました。
biologics-Fcの1:1結合体をネズミに投与した動物試験の結果、biologicsの生体内での薬理活性がきちんと保たれていることはもとより、3日たっても安定に体内に存在することも確認しております。抗体医薬品代替物としての期待が高まっている中分子biologicsは、今後も国内外で薬剤効果を持つものが次々と発見されると思われますが、本技術を用いることで、それらをヒトの体内においても安定に保つ形態に変換しつつ、薬剤の投与量を減らすことに貢献できるのでは?と考えています。
本研究成果はBioconjugate Chemistry誌(アメリカ化学会)に総合論文として採択されました。

Hirasawa S* (味の素, 兼, 瀧研D3), Kitahara Y, Okamatsu Y, Fujii T, Nakayama A, Ueno S, Ijichi C, Futaki F, Nakata K, and Taki M*, Facile and Efficient Chemoenzymatic Semi-Synthesis of Fc-Fusion Compounds for Half-Life Extension of Pharmaceutical Components, Bioconj. Chem., 30, 2323-2331 (2019); doi: 10.1021/acs.bioconjchem.9b00235.
この論文は:
1) Bioconjugate Chemistry誌(2019年9月号)のfront cover articleに選ばれました。
2) 共同通信(ほか)にてメディア報道がなされました。https://kyodonewsprwire.jp/release/201905276808
3) 本学量子科学研究センターHP http://www.ias.uec.ac.jp/ および、本学オンライン雑誌UEC e-Bulletin http://www.ru.uec.ac.jp/e-bulletin/research-highlights/2019/convenient-synthesis-of-biopharmaceutic-fc-conjugates.html にて取りあげていただきました。
(上記掲載に当たり、Sandhu先生や清水様らには大変お世話になりました;この場を借りて御礼申し上げます。)

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張力に応じて蛍光色の変わるヒドロゲル(生体向け複合材料)

「伸縮で蛍光色の変わる生体適応ゲル」を自前で基礎開発しました。慶応大の山下先生や、ETHチューリッヒ校(スイス)のVogel先生との共同研究です。細胞の張力を蛍光顕微鏡等でイメージングすることを目的として、研究を行っています。細胞や臓器にかかる力と生物学的現象との関係を見つけるための基礎研究ツールとして、今回の材料などを役立てたいです。指圧とかロミロミとか、局所圧迫からくる癌化とか、肩こりとか、今の科学で分からないことが分かったり、将来的には薬による治療を力による治療に置き換えられると良いな、と思っています。

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