電気通信大学 瀧研究室

研究紹介

抗体医薬代替品を取得するための人工分子ライブラリーの創製

ファージウィルスを使ってライブラリーペプチドを作るT7ファージディスプレイ法をもとに、 人工分子をライブラリーペプチドだけに特異的に共有結合させてハイブリッド化させ、分子進化させる手法を開発しています。 例えば、ガン細胞などの疾患に結合するように進化させたハイブリッド人工分子は、疾患の超早期発見や治療技術の開発につながると見込まれます。 (NEDO若手研究:H21~H25; 科研萌芽: H25~H26)

ファージウィルス上での反応について:ファージウィルスを使って目的のペプチドや蛋白質を作るT7ファージディスプレイ法をもとに、ペプチドや蛋白質の様々な位置を修飾する手法を開発しています。

ファージウィルス上での反応について:10BASEd-T法

様々なガンなどの疾患関連蛋白質にピッタリ結合させるためには、 ペプチドのアミノ酸配列をシャッフルさせて分子構造に多様性を持たせ、 その中からドンズバリの配列を選んでくる必要があります。 多様な分子構造をいっぺんに作る方法は幾つかありますが、 その中で我々は、ファージウィルス(T7 phage virus)の表面に ペプチドを作らせる既知の手法(phage display法)をとりました。
この方法だと、一匹一匹の別々のウィルスに別々のペプチドを作らせることができ、 10億種類くらいの多様性を持つペプチドの混ざりを誰でも簡単に作ることができま す。

我々はごく最近、このT7ファージウィルス自体には一切反応せず、 ウィルス上でシャッフルさせたペプチドの特定の位置だけに 人工分子を結合させる技術を世界ではじめて開発しました。 ウィルス本体を「生かした」まま行う10BASEd-T法というこの技術は、 市販の試薬を混ぜるだけで誰でもできる非常に簡単なものです。 (Fukunagaら, Mol. BioSyst., 9, 2988 (2013).)

ちなみに10BASEd-Tとは、 Gp10-based-thioetherification (ファージ上Gp10蛋白質を利用したチオエーテル化)の略語で、 電気通信大学発の化学技術として、 通信用語(10BASE-T)をもじったパロディーで名付けました。 今時は、無線LANでインターネットをするのが主流ですが、 一昔前は、10BASE-T規格のインターネットケーブルを、 PCにガチャと差し込んでインターネットをするのが主流でした。 ガチャと差し込むだけで、誰もがインターネットできるシステムに、 私はとても驚きました。
一方の10BASEd-Tは、 市販の試薬とT7ファージウィルス(ライブラリー)とを混ぜるだけで、 簡単にハイブリッド分子を作ることができます。 約10億種類も人工ハイブリッド分子を作ったら、 さすがにこの中の1種類くらいは、ガンにピッタリ結合するものが見つけてこれるんじゃないかな、というスタンスです。 実際、幾つかの癌関連蛋白質に対し 特異的に結合するハイブリッド分子の取得にも成功しています。

10BASEd-T法

ここで強調したいのは、我々は人工ペプチドを作りたいのではなく、 合理的設計を行った人工人工分子コア母骨格(主役)として、シャッフルさせたペプチド(脇役)の力を借りて 少しでも完全な人工物に近づけたい、ということです。
我々はこれまでに様々な有機分子の合理的設計・合成を行ってきましたが、 すべて「不完全」でした。つまり何ヶ月も何段階もかけて物を作っても、 期待した物性(例えば特異的結合性)を出すことは非常に難しく、その度に振り出しに戻ってしまいます。
今回、「不完全」な人工分子コアのモデルとして、アスピリン(風邪薬)の誘導体を選び、 風邪薬が標的とする蛋白質とはおよそ関係のない蛋白質(ストレプトアビジン)にも結合するよう、 分子進化させてみました。
この風邪薬誘導体は、非常に小さい分子構造のなかに水素結合性ドナー・アクセプター・芳香環を持つため、 「不完全」ながらも様々な蛋白質と潜在的に結合しうると考えたのです。 この母骨格周りのペプチド配列を10BASEd-T法にて最適化したところ、 ストレプトアビジンに強く結合しうる人工分子へと進化させることができました。 もちろん、母骨格と周辺ペプチド配列とのどちらが欠けても、強く特異的な結合は見られませんでした。
今回は直感的に人工分子コアの設計をしましたが、コンピュータ計算をしたり、インターネット上の公共データベースからデータマイニングを行ったり、 それら手法を組み合わせたりしてこれを行うことが可能です。コダワリをもって設計した「不完全」な人工分子コアを、 10BASEd-T法にて、何とか「使えそうなもの」へと分子進化させたいのです。

詳しくは、以下のオープンアクセス(誰でも無料閲覧可能な)雑誌にて。
Yuuki Tokunaga, Yuuki Azetsu, Keisuke Fukunaga, Takaaki Hatanaka, Yuji Ito and Masumi Taki*, Pharmacophore generation from a drug-like core molecule surrounded by library peptide via the 10BASEd-T on bacteriophage T7, Molecules, 19(2), 2481-2496 (2014); doi:10.3390/molecules19022481 (2014)..
"http://www.mdpi.com/1420-3049/19/2/2481"


コダワリをもって設計した人工分子コアの分子進化・第2弾は以下のクラウンエーテル類縁体です。
この手の化合物は、別の分子と相互作用することで「超分子」と呼ばれる複合体を形成することがあるのですが、実際にはなかなか思った通りには行きません。 非常に親水性の高い化合物なので、生体分子との適合性は潜在的にあるはずなのですが、複雑な構造を持つ蛋白質などの生体分子と特異的に相互作用した、 などの例は聞いたことがありませんでした。
そこで、10BASEd-T法にてクラウン類縁体を進化させてみました。 約10億種類程度のクラウン類縁体ライブラリーの中から、Hsp90蛋白質に特異的に結合しうる超分子をたった一つですが発見することができました。 なおHsp90とは分子シャペロン蛋白質の一種で、様々な癌や病気にも関連していることから近年注目を浴びている蛋白質の一つです。 超分子の細胞内導入や生体内での安定性向上など、幾つかの課題は残されていますが、無機質な有機人工分子に命を吹き込み (生物の力をちょっとだけ借りて超分子を分子進化させ)、水とアブラの関係だった生体高分子(蛋白質)と超分子とに接点を持たせられたのでは?、と考えています。


詳しくは、王立化学会速報誌にて。
K. Fukunaga, T. Hatanaka, Y. Ito, M. Minami, and M. Taki*, Construction of a crown ether-like supramolecular library by conjugation of genetically-encoded peptide linkers displayed on bacteriophage T7, Chem. Commun., 50, 3921-3923 (2014). (2014).
なお、この論文はChem. Commun.誌のinside cover articleに選ばれました。

新規蛍光プローブの開発

①蛍光分子の周辺環境により蛍光色と強度が変わるsolvatochromic色素コアを先述の10BASEd-T法にて分子進化させることで、 標的蛋白質に結合したときだけ蛍光色が黄色から青色に変わり、なおかつ蛍光強度が顕著に増大する光変調性人工分子の取得に成功しました。 (M. Taki, H. Inoue, K. Mochizuki, J. Yang, Y. Ito, Selection of color-changing and intensity-increasing fluorogenic probe as protein-specific indicator obtained via the 10BASEd-T, Anal. Chem., in press (2016); DOI: 10.1021/acs.analchem.5b04687.)

光変調性人工分子
現在、多様なsolvatochromic色素コアを新たに有機合成することなどで、光変調性人工分子取得法の適用範囲を増やし、 臨床医の方などと共同研究することで生体内特定物質を特異的に検出可能な診断薬の作製を目指しております。

②分子サイズが小さくても可視光で励起可能な、光退色されづらい新規蛍光性アミノ酸をこれまでに開発しています。ペプチド自動合成機を用いて様々なペプチドの任意の位置に副反応なく導入できるアミノ酸は、渡辺化学工業㈱より市販されています。 "http://www.watanabechem.co.jp/php/For_user_inspection.php?catalog=M020451"

可視光で励起できる蛍光アミノ酸の合成
新規蛍光アミノ酸の蛋白質への結合

PETイメージングによる疾患の超早期発見

ペプチドや蛋白質の特定の部分に、様々な人工分子を迅速かつ定量的に導入する酵素化学的手法(NEXT-A反応)を世界で初めて開発しました。 この反応を使い、疾患だけに集まるペプチドや蛋白質に放射線診断の目印となる物質を導入することで、ガンなどの超早期発見技術の確立を目指しています。 これまで知られているPETイメージング用放射性アミノ酸(O-(2-fluoromethyl)-L-tyrosine (FMT); O-(2-fluoroethyl)-L-tyrosine (FET))の導入速度をきちんと調べてみたところ、【人工物質】であるFMTの導入速度が【天然物】であるフェニルアラニンの導入速度と 殆ど変わらないことが分かりました。天然の酵素をだまして、人工物(PETイメージング用の目印物質)をこれほど素早くペプチドや 蛋白質に結合させる反応は、これまでに報告がありません。つまりNEXT-A反応は、人工物(PETイメージング用の目印物質) をペプチドや蛋白質に共有結合させる、(現時点で)【世界最速の酵素反応】と言えます。 (M. Taki* et al., Unexpectedly fast transfer of positron-emittable artificial substrate into N-terminus of peptide/protein mediated by wild-type L/F-tRNA-protein transferase, Amino Acids, 47, 1279-1282 (2015).)

NEXT-A反応とは?:種々の人工分子を蛋白質やペプチドの特定の末端部分だけに高効率・迅速(数分~20分程度)に 共有結合させる化学酵素学的反応手法。反応に関わる3つの生体触媒分子は大腸菌を用いて大量に合成できるので、 ミリグラム~グラムスケールでの蛋白質やペプチドの修飾も可能。
★ 様々なペプチドや蛋白質など(biologicsといいます)に対するPETプローブ修飾法について、 我々の化学酵素学的手法(NEXT-A反応)および、他研究グループによる化学修飾法などをまとめて総説にしました。 (K. Arimitsu, H. Kimura, Y. Arai, K. Mochizuki, and M. Taki*, 18F-Containing PET Probe Conjugation Methodology toward Biologics as Specific Binders for Tumors, Current Topics in Medicinal Chemistry, in press (2016)).
★ PETプローブ修飾だけにとどまらず、NEXT-A反応を使うことによって既存の蛋白質や抗体などに対して様々な人工機能化が可能です。 幾つかの企業と協同研究の形でこれを行っています。

NEXT-A反応
NEXT-A反応の仕組み
研究目的:みつける、なおす

蛋白質分解系の化学酵素学的制御

上記NEXT-A反応を酵母などの生物に応用し、蛋白質分解系のうちN末端ルール等に着目して、分解を人工的に制御しようとしております(科研若手A課題)。
N末端ルールとは、カリフォルニア工科大のA. Varshavsky先生らによって発見された法則です。
蛋白質の細胞内での寿命は、蛋白質N末端のアミノ酸の種類によって決まる、というものです。
例えば、ある蛋白質のN末端がリジン(Lys)などの「特定のアミノ酸」になると、その蛋白質は細胞内で即座に分解されてしまいます。 この法則は、どんな生物にも当てはまります。

例として大腸菌を見てみましょう。大腸菌内では、L/F-転移酵素(我々がNEXT-A反応に用いている酵素の一つです)が触媒として働き、 N末端にリジン(Lys)などを持つ「分解されるべき」蛋白質に、フェニルアラニン(Phe)などを共有結合させ、 分解されるための目印(蛋白質分解シグナル)を付けます。 この目印があると、細胞内のシュレッダー内に蛋白質が丸ごと引き込まれてバラバラになる、というわけです。

我々は、ある蛋白質のN末端だけでなく、N末端から「2番目」のアミノ酸も蛋白質の寿命に関わるのでは?、と仮説を立て、基礎研究を行っています。 というのも、(まだ試験管内だけの実験ですが)L/F-転移酵素が目印を付ける速度は、N末端から「2番目」のアミノ酸の種類によって結構変わってくるからです。 (J. Kawaguchiら, Kinetic analysis of the leucyl/phenylalanyl-tRNA-protein transferase with acceptor peptides possessing different N-terminal penultimate residues, FEBS Open Bio, 3, 252 (2013).)
生きた細胞内では果たしてどうなのか?「2番目の」アミノ酸は何か生物学的な意味を持つのか??
今後の課題です。

背景:L/F転移酸素の天然での役割

※上記4つの課題は、一見全く別々の事柄に思われますが、研究手法も含めてお互いに深い関連性を持ちます。順次融合して行く予定です。