Research
Section I -ビジョンと理論基盤
T-1. 「薬を減らす医学」というパラダイム
医薬品の進歩は人類の寿命を劇的に延ばした一方、「大量製造 → 大量投与 → 薬依存」 という負の連鎖を助長してきました。
製造コスト、医療財政、環境負荷、そして副作用――これらを同時に縮減するために、瀧研究室は 2013 年から “One-Shot, Side-Effect-Free, Drug-Minimal Society” を目指した研究を行っています。
目標は、一度の投与で長期に作用し、標的疾患蛋白質だけを高選択的に認識する薬剤を現実に落とし込むこと。
その鍵のひとつが「中分子」共有結合型阻害剤(biological Target Covalent Inhibitor; bioTCI) です。
注)bioTI=可逆型, bioTCI=不可逆(共有結合)型

T-2. bioTCI がもたらす三つの利点
1. 長期薬効
標的疾患蛋白質と不可逆共有結合を形成することにより、薬物動態(PK)の制約を受けにくい持続的な薬効(PD)を目指します。
2. 高特異性 & 低副作用
ペプチドや核酸といった「中分子」は、多点相互作用により標的疾患蛋白質を厳密に認識できるため、副作用の主因となるオフターゲット反応を抑制することが期待されます。
3. 柔軟な化学設計
合成化学・進化分子工学・クリックケミストリーを自由に組み合わせ、迅速かつ簡便な構造最適化が可能です。
FAQ: なぜ「中分子」なのか
・安全性:標的の多点認識により副作用を抑制
・合成容易性:化学/酵素反応で自由自在に改変可能
・開発スピード:ライブラリ技術+迅速選択(HTS)による短期間最適化

課題と戦略
・「非」共有結合性の中分子医薬(bioTI)の弱点は、酵素分解に対する脆弱性と腎排泄の速さ。
・TCIの弱点は、非特異的結合による永続的副反応。
↓ これらを克服する技術開発が本研究室の軸となります。
@ 共有結合後:標的蛋白質との結合により、bioTCI は「自己カプセル化」して分解酵素をブロックするとともに、分子量増大により腎排泄されにくくなる。
A 共有結合前:Fc 融合などの“半減期延長”化学を併用する。
B 共有結合時:潜在性 warhead(反応起点)を使い、標的結合時に形成される局所反応場で選択的に共有結合が進行する仕組み(Trigger & Lock 機構)を導入する。
T-3. 理論基盤層:レイヤー
| レイヤー(層) | ラボの技術と方向性 | 要点 |
|---|---|---|
| 化学層 | Affinity/Reactivity Co-selection(ARC; ARC-10BT、ARCaDia),NEXT-A | 生体適合かつ操作性の高い共有結合反応, Trigger & Lock型コンビナトリアル選択技術 |
| 計算層 | bioTCI hub (NGS × MS × MD × AI) | 親和性+反応性+動的構造を統合学習 |
| 計測システム層 | Force-Responsive Materials/Device Co-invention |
力学刺激と薬理作用をリアルタイム統合 |
この多層アーキテクチャこそが、“薬をほとんど使わない未来医療” の基盤です。
I-4. 未解明の科学的課題 ― “基礎理学”(純粋学術/学究)が拓く応用
I-4-1. 微小反応場(Match-Making Microenvironment; MM-ME)の謎
潜在性warhead(latent SuFEx など)は、水溶液中ではほとんど反応しない一方、標的蛋白質に結合した後に反応性が大きく上昇する場合があります。これは単なる「近接効果」だけでは説明できず、“触媒回転数ゼロの酵素”とも呼ぶべき MM-ME が形成されていると考えられます。
今後は、局所電場、水素結合ネットワーク、脱溶媒和、蛋白質の揺らぎ、溶媒再配列などが、この反応場の形成と warhead の活性化にどのように寄与するのかを検証します。標的蛋白質と bioTCI とが織りなすミクロ反応場を解剖することが、bioTCI を理論設計可能なモダリティへ昇華させる鍵となります。

問い:潜在性warhead覚醒の現場は捉えられるか?
I-4-2. 弱/一過的相互作用の本質的役割 生体内で最初に起こるのは “weak / transient”(Kd μM-mM, τ μs-ms)な遭遇複合体(encounter complex)におけるモチーフ形成です。bioTCI 探索時のみならず、天然の核酸/蛋白質複合体の形成においても、この「見えざる」過程が鍵になると考えています。人間にたとえると、関係を深める前に軽く握手を交わし、手探りで相手との相性を確かめることに似ています。我々の系では、
1. 複合体の立体配置をプリオーガナイズし、
2. 反応場を「熟成」させた後、
3. 不可逆共有結合へ移行させる
ことで、弱い一過的相互作用を固定できます。今後、弱/一過的相互作用を正確に定量・可視化し、MM-ME の本質を検証します。
問い:生体はまず弱い握手から始め、遭遇複合体が MM-ME を醸成するのか?
Weak/Transient Motif-Finder
・NGS、質量分析、分子動力学計算などの異なるデータを統合し、短寿命複合体に潜むコアモチーフを抽出する。
・AI を含む計算解析により仮説を提案し、実験的検証へ接続する。
・時間とコストを要する物理構造解析を補完し、重要な相互作用部位やエピトープ候補を効率的に絞り込む。

Section II -技術概念と年表(主な成果とマイルストーン)
瀧研の目的, 目標, およびマイルストーン:

U-1. 瀧研究室の技術年表:主な成果とプラットフォーム (2013 -2026)

成果の要点:bioTCIのコンビナトリアル選択(ARC)技術を確立しました。小規模ラボであるため、本学客員教授をはじめ、異なる専門性を持つ国内外の研究者との共同研究は欠かせません。

ラボの歴史:
| 年 | ハイライト | 鍵論文 |
|---|---|---|
| 2013 | 10BASEd-T反応(10BT)を発見し、T7ファージ上ペプチドライブラリへ人工物を導入可能に。鹿児島大学・伊東先生との共著。第一著者の福永先生は瀧研第一号Ph.D.で、現在は宮崎大学准教授。 Warhead(共有結合反応起点)を導入すべく、この年から bioTCI 研究を開始。 Gp10 based-thioetherification (10BASEd-T) on a displaying library peptide of bacteriophage T7 |
Mol. BioSyst.,2013 |
| 2018-2019 | @ 10BTを介した間接取得法(モックwarhead)により、ペプチド型 bioTCIのコンビナトリアル選択を実証。 Combinatorially Screened Peptide as Targeted Covalent Binder: Alteration of Bait-Conjugated Peptide to Reactive Modifier A NEXT-A反応によるbioTIへの Fc 精密融合と安定性向上を実証。味の素梶E平澤博士が Ph.D.取得。 Facile and Efficient Chemoenzymatic Semisynthesis of Fc-Fusion Compounds for Half-Life Extension of Pharmaceutical Components B 歪みに応答して蛍光色が変化する生体適合性メカノゲルを開発。ETH Vogel 教授および慶応大山下准教授との共著。 GMechano-chromic protein?polymer hybrid hydrogel to visualize mechanical strain |
@ Bioconjugate Chem., 2018 A Bioconjugate Chem., 2019(Front Cover) B Soft Matter, 2019 (Back cover) |
| 2021 | @ ARC-10BT(Affinity/Reactivity Co-selection)を確立。潜在性(latent)warheadを用いたTrigger & Lock機構により、ペプチド型 bioTCIの直接取得法を実証。 Direct screening of a target-specific covalent binder: stringent regulation of warhead reactivity in a matchmaking environment A Latent aptamerおよび、同アプタマーの共有結合後の相補鎖による解毒を実証; 米国 University of Wisconsin の Yang 教授との共同研究。 ※上記 により田淵博士(現ペプチド@Aリーム)が Ph.D.取得。 |
@ Chem.Comm., 2021 (Hot Article/Front Cover) A Chem.Comm., 2021 (Front Cover) |
| 2024 | ARCaDia を開発; 1 ラウンド・Non-SELEXにより Latent aptamer を迅速に取得。 Yang 教授ほかとの共同研究。 ARCaDia: single-round screening of a DNA-type targeted covalent binder possessing a latent warhead |
Chem.Comm., 2024 (Back cover) |
| 2025- | bioTCI hub(NGS × MS × AI による反応プロファイル基盤)および MechanoDB(3D応力イメージング基盤)を始動。 | |
| 2026 | ハイドロゲルの光弾性応答を分子・ネットワーク設計により制御し、応力と複屈折を同時計測する SiBRe を開発。蛍光標識を用いない定量的 mechanosensing の基盤を提示。国立天文台(都丸教授ら)との共同研究であり、勝木博士(現慶応大)が Ph.D.取得。 | Chem.Comm., 2026 (Front cover) |
U-2. (bio)TCI研究史における当ラボの位置づけ(赤枠)

U-3. 技術を支えるキーコンセプト
IU-3-1. 潜在性 Warhead
SuFEx 型 Aryl-OSO2F(米国Sharpless et al., 2018) を代表とするlatent warhead は、水中では低反応性ですが、 蛋白質内部の擬似触媒環境 で活性化される場合があります。 この “局所活性化” が非特異的な副反応を抑え、以下のARC を少ない選択回数で完結させる原動力となります。 今後は、latent warhead の局所活性化原理の理解と、より高い選択性を備えた分子設計に注力します。
U-3-2. Affinity / Reactivity-based Co-selection (ARC)
1. 標的親和性による「足止めと反応場形成」
2. 反応活性による「確定」(Trigger & Lock)
この 二段階認証 により、副反応を徹底的に排除します。ペプチド版 ARC-10BT と核酸版 ARCaDia は共通して、選択工程の短縮と手順の簡素化を可能にします。

Section III -今後の研究の二本柱(2026-)
1.bioTCI hub:多層データ統合プラットフォーム
One-Shot Therapyを真に制御可能にするには、“弱結合 → MM-ME → 共有結合”という一連の反応を定量的に理解し、個々の患者における標的蛋白質の変異にも対応できる設計指針を構築する必要があります。MM-MEの物理モデルとWeak/Transient Motif-Finderの確立が、その礎となります。
・NGS、質量分析(MS)、分子動力学(MD)計算、AI解析を統合し、モチーフ配列・親和性・反応性・動的構造の関係を抽出する。
・latent warheadが活性化される局所反応場を解析し、選択性を生み出す一般原理を探索する。
・得られた知見を新しいbioTCI候補の設計と実験検証へ接続する。
これにより、特異的反応場(MM-ME)の構造・反応機構と、生体分子間に存在する一過的相互作用の本質を明らかにします。

bioTCI hub:MM-MEを解明しつつ、基礎学術と応用をつなぐ。
2. 力を“見る”ことで、薬に頼りすぎない未来医療をつくる
Mechano-3D Imaging & Force-Informed Therapy
細胞は、化学物質だけでなく「力」によって周囲の環境と対話しています。がん細胞の浸潤、幹細胞の分化、組織形成、骨形成、炎症、創傷治癒など、多くの生命現象の背後には、目に見えない微小な応力場があります。瀧研究室が目指すのは、この見えない力を3Dで読み出し、最終的には細胞や組織の力学環境そのものを理解・制御することで、薬剤だけに依存しない新しい治療概念へつなげることです。私たちはこれを、長期ビジョンとしてMechano-3D Imaging & Force-Informed Therapyと位置づけています。
このビジョンは、単なる将来構想ではありません。2019年には、FRET型フィブロネクチンセンサーを合成ハイドロゲル(=生体足場材料)に組み込み、ゲルに加わる力を蛋白質構造変化と光シグナルとして読み出す、メカノクロミック・蛋白質?ポリマー複合ゲルを報告しました(Taki et al., Soft Matter; Back Cover Article)。この研究では、細胞周辺のような水系・軟材料環境で、力学刺激を光学応答へ変換するという基本概念を示しました。
その後、この流れをさらに進め、蛍光ラベルや化学反応に頼らず、ハイドロゲルそのものの光弾性応答を使って応力を定量する方向へ展開しました。具体的には、国立天文台の都丸先生グループとの共同研究により2026年に材料×装置の共開発にて確立したSiBReシステムでは、複屈折と真応力を同時に読み出すことで、ハイドロゲルの光弾性感度を分子設計・ネットワーク設計によってプログラムできることを示しました。これは、将来の3D細胞力学イメージングに向けて、材料設計と光学計測をつなぐ基盤技術です(Katsuki et al., Chem. Commun., 2026; Outside Front Cover Article)。
次の課題は、この原理を細胞・オルガノイド・組織モデルへ拡張し、細胞が周囲に与える微小な力学場を、時間・空間的に読み出すことです。ここには、未解決の問題が数多く残されています。どのようなゲル設計が細胞に適しているのか。どのような光学系であれば、3D内部の微小応力を安定して読み出せるのか。得られた光学情報をどのように応力場へ再構成するのか。そして、その力学場が病態や分化をどこまで説明できるのか。
この研究には、有機合成、高分子材料、蛋白質工学、レーザー光学、画像解析、細胞生物学、データサイエンスが交差します。すべてを最初からできる必要はありません。化学が得意な学生は新しい力応答性材料を、物理・工学が得意な学生は光学計測や画像解析を、生命科学に関心のある学生は細胞・組織モデルへの展開を起点に参加できます。
以上私たちは、力を「測る」だけで終わらせず、生命現象を力の言葉で理解し、将来的には力学環境を介して病態を変える研究へ展開したいと考えています。

MechanoDB:応力治療を目指した複合材料/光学システム同時開発のイメージ(国立天文台・都丸教授らとの共同研究)



